[585]玉鏡「|酒《さけ》」と「|剣《つるぎ》」に|就《つい》て
 |古事記《こじき》に|素盞嗚尊《すさのをのみこと》が|出雲《いづも》の|国《くに》、|肥《ひ》の|河上《かはかみ》に|於《おい》て|足名椎《あしなづち》、|手名椎《てなづち》の|神《かみ》に|逢《あ》はれて、|高志《こし》の|八俣《やまた》の|大蛇《をろち》を|退治《たいぢ》られる|時《とき》に、|櫛名田比女《くしなだひめ》を「|湯津爪櫛《ゆづつまぐし》に|取《と》り|成《な》して|云々《うんぬん》」と|書《か》いてあるのは、|同姫《どうひめ》を|高《たか》い|木《き》の|枝《えだ》に|登《のぼ》らして|置《お》いたと|云《い》ふのである。|即《すなは》ち|木《き》にとり|掛《か》けて|大蛇《をろち》の|出《い》で|来《きた》るを|待《ま》たれたと|云《い》ふ|意味《いみ》である。 また「|八塩折《やしほをり》の|酒《さけ》を|醸《か》み」とあるのは|八《やつ》つの|酒樽《さかだる》を|作《つく》つたのであるが、|其《その》|酒《さけ》を|作《つく》るのは、|今日《こんにち》の|様《やう》な|酒造法《しゆざうほふ》によつたものではない。|米《こめ》を|人《ひと》の|口《くち》でよく|噛《か》みこなして、それを|樽《たる》の|中《なか》に|吐《は》き|入《い》れて|置《お》く。|尤《もつと》もその|噛《か》んで|吐《は》き|入《い》れるのはホンの|少《すこ》しで|良《よ》い。それが|種《たね》となつて|樽《たる》の|中《なか》の|米《こめ》が|次第《しだい》に|醗酵《はつかう》して|酒《さけ》が|醸《かも》されて|行《ゆ》くのである。|人間《にんげん》の【つばき】が|一《ひと》つの|醗酵素《はつかうそ》となるのである。 |又《また》|愈々《いよいよ》|大蛇《をろち》が|其《その》|酒《さけ》を|呑《の》み、|酔《よ》ひ|伏《ふ》して|来《き》たので、|御佩《みはか》せる|十挙《とつか》の|剣《つるぎ》を|抜《ぬ》きて|切《き》り|放《はふ》り|給《たま》ふと|云《い》ふことが|出《で》て|居《ゐ》るが、|此《こ》の|太古《たいこ》に|於《おい》ては、|剣《つるぎ》と|云《い》ふものは、|後世《こうせい》の|様《やう》に|常人《じやうじん》に|至《いた》る|迄《まで》|佩《はい》しては|居《を》らなかつた。|其《その》|時代《じだい》の|最高《さいかう》|権威者《けんゐしや》とか、|又《また》|軍国《ぐんこく》に|譬《たと》ふるならば、|其《その》|軍国《ぐんこく》の|首長《しゆちやう》となるべき|者《もの》のみが|所持《しよぢ》して|居《ゐ》たので、|他《た》の|者《もの》は|棒《ぼう》の|様《やう》なものを|武器《ぶき》として|居《を》つた。それだから|其《その》|剣《つるぎ》に|対抗《たいかう》する|時《とき》には、|到底《たうてい》|勝《か》ち|目《め》が|無《な》いのである。|剣《つるぎ》を|持《も》てる|者《もの》に|打《う》ち|向《むか》うて|争《あらそ》ふことは|自分《じぶん》の|滅亡《めつばう》を|招来《せうらい》するので、|剣《つるぎ》を|持《も》てる|者《もの》に|対《たい》しては|絶対《ぜつたい》の|服従《ふくじう》であつた。|即《すなは》ち|剣《つるぎ》の|威徳《ゐとく》に|服《ふく》すると|云《い》ふことになる。|世《よ》が|進《すす》むにつれて|鍛冶《かぢ》が|普及《ふきふ》されたので、|後《のち》には|剣《つるぎ》を|誰《たれ》でも|所持《しよぢ》するやうになつた。しかし|太古《たいこ》は|左様《さやう》でなかつたので、|剣《つるぎ》を|持《も》つ|者《もの》に|絶対《ぜつたい》の|威徳《ゐとく》があつた。|故《ゆゑ》にこれを|持《も》つ|者《もの》が|首長《しゆちやう》であり|又《また》|時《とき》の|覇者《はしや》となるのであり、|悉《ことごと》くを|平定《へいてい》することが|出来《でき》たのである。|今日《こんにち》は|剣《つるぎ》を|持《も》つてゐても、それだけではいけぬ。|武器《ぶき》と|云《い》ふ|意味《いみ》に|解釈《かいしやく》して、|他国《たこく》を|威服《ゐふく》する|様《やう》な|国防《こくばう》の|軍器《ぐんき》が|一切《いつさい》|完備《くわんび》しなければならぬ。|其《その》|軍器《ぐんき》の|威徳《ゐとく》によつて|神国《しんこく》に|襲来《しふらい》する|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》は|切《き》り|払《はら》はねばならない。|又《また》まつろはざる|国々《くにぐに》があれば|服《まつ》ろはさせねばならないのであるから、いやが|上《うへ》にも|軍器《ぐんき》と|軍備《ぐんび》を|整備《せいび》せなくてはならないのである。<昭8/1>