[592]玉鏡|五男三女《ごなんさんぢよ》|神《しん》の|働《はたら》き
 |古事記《こじき》は|十二段《じふにだん》の|解《と》き|方《かた》があると|示《しめ》したことがあるが、|今日《こんにち》はまだ|真《しん》の|解説《かいせつ》をなすべき|時節《じせつ》ではない。 |五男三女《ごなんさんぢよ》の|神《かみ》と|云《い》ふが、その|神《かみ》の|働《はたら》きは|今日《こんにち》でも|尚《なほ》あるのであつて、|天菩比《あめのほひ》の|命《みこと》は|血染《ちぞめ》|焼尽《せうじん》の|神《かみ》である。|今日《こんにち》の|満洲《まんしう》、|上海《シヤンハイ》の|事件《じけん》などは|此《この》|神《かみ》の|御活動《ごくわつどう》である。|正勝吾勝勝速日《まさかあかつかちはやひ》|天の忍穂耳《あめのおしほみみ》の|命《みこと》は|戦争《せんさう》に|勝《か》つ|神様《かみさま》で、|今日《こんにち》でも|矢張《やは》り|働《はたら》いてをられると|云《い》ふことはハツキリ|判《わか》る。|次《つぎ》に|熊野久須昆《くまのくすび》の|命《みこと》といふのは|飛行機《ひかうき》の|神《かみ》で、これも|今日《こんにち》|現《あら》はれてゐられることは|明《あき》らかである。 |又《また》|三女神《さんぢよしん》の|働《はたら》きと|云《い》ふのは、|愛善《あいぜん》|運動《うんどう》のごときを|云《い》ふのである。<昭7/5>