『霊界物語』十二巻


第二九章 子生の誓〔五二五〕
 そこで須佐之男命がお父さんの伊邪那岐命に申上げられましたのには、しからば私は根の堅洲国に参ります。しかしそれにつきましては、高天原に坐す姉君の天照大御神に一度お暇乞ひを致して参り度と存じます。高天原に上りますと申されて、 『乃ち天に参上りますときに、山川悉く動み、国土皆震りき』 天にお上りになるといふこの天は大本で言へば高天原で、今日に譬へて見たならば国の政治の中心で現代日本の高天原は東京であります。神界にも政治の中心が高天原にあつたのは当然でございます。そこでいよいよ高天原に上り給はむとするとき山も川も悉く動いた。国土皆震ひ出しました。即ち物質界の上にも精神界の上にも、大地震があつたのであります。しかしこれは形容であつて、社会万民総てのものが今更のやうに驚き、国土の神々が一度に震駭した。今日の言葉で言へば内乱が起つたといふやうな意味で非常な騒ぎであります。須佐之男命がこれから根の堅洲国においでになるに就ては、今度お暇乞ひのために高天原にお上りになるといふので、国中非常な大騒ぎで、終に騒乱が起つたのであります。一方天照大御神様は、今度須佐之男命が天に上るに就て、国中大騒ぎであるといふことを聞し召されて、大いにお驚きになつて、 『あが汝兄の命の上り来ます由は、必ず美しき心ならじ、我が国を奪はむと欲すにこそ』と詔り給うて弟の須佐之男命が海原を治さずして、高天原に上つて来るといふことであるが、これは必ず美しい心ではなからう。我この主宰する所の高天原を占領に来るのであらうと仰せになつて、 『御髪を解き御美髪に纏かして』 男の髪のやうに結ひ直して大丈夫の装束をして数多の部下を整列せしめ、戦ひの用意をなさつたのであります。元来変性男子の霊性はお疑が深いもので、わしの国を奪りに来る、或は自分の自由にする心算であらう、こう御心配になつたのであります。丁度これに似たことが、明治二十五年以来のお筆先に非常に沢山書いてあります。変性女子が高天原へ来て潰してしまうと云つて、変性女子の行動に対して非常に圧迫を加へられる。また女子が大本全体を破壊してしまうといふやうなことが、お筆先に現れて居ります。それで教主初め役員一同、教祖の教の通りにこの皇国のため、霊主体従の神教を説いて日夜務めて居るのでございますが、しかし大本教祖も変性男子の霊魂であつて矢張疑が深いといふ点もあります。天照大御神様は、疑ひ深くも弟の美しい心を、これは悪い心を以て来たのではあるまいかとお疑になつたのであります。教祖もさう云ふ工合に変性男子の神界の型が出来て居るのであります。さうして、 『左右の御美髪にも御鬘にも、左右の御手にも、各八坂の勾玉の五百津の御統真琉の珠を纏き持たして、背には千入の靱を負ひ』 矢筒や弓をお持ちになりて、 『伊都の竹鞆を取り佩して弓腹を振り立てて』 弓を一生懸命に、ギユツト満月の如く引き絞つて、 『堅庭は向股に踏みなづみ、沫雪なす蹶散かして、伊都の男健び踏み健びて待ち問ひ給はく』 男健びといふのは、角力取りが土俵に上つてドンドンと四股を踏んで、全身の勇気を出す有様であつて、弟が軍勢を引き連れて来たならば一撃の下に討ち亡ぼしてしまうてやらうと、高天原の軍勢を御呼び集めになつたのであります。 如何にも女神の勇ましさと、偉い勢を形容してあります。弟の須佐之男命が上つて来るのは、高天原を攻め落さうと思つて来るのではないかと、非常に御心配になつてそれに対する用意をしてお待ちになつたのであります。今日世人や新聞雑誌記者や既成宗教家や学者などが、大本が何か妙なことを考へて居るのではあるまいかと、変な所へ気を廻して居るのと同じことであります。そこで、 『何故上来ませると問ひ給ひき』 汝は海原を治めて居ればよいのである。しかるに今頃何がために高天原へ出て来たかとお問ひになつた。すると須佐之男命が答へられた。私が今来て見れば、大変な防備がしてある。大変な軍備がして有りますが、これは私に対する備へでせうが、私は決して然う云ふ穢い考へは持つて居りませぬ。ただ父君伊邪那岐命が何故その方は泣くかとお尋ねになりましたから、実状を申上げるのはどうも辛うございますし、親様に心配をかけるのは畏れ多いと思つて、私は母の国に参らうと思ひますと申し上げました所が、父の大御神は以ての外のお怒りで、この国を治めるだけの力無きものなら、勝手に行けとおつしやつて、手足の爪を抜き、鬚をぬき、髪の毛を一本もないやうに、こんな風にせられました。で私はこれから母の国に参りますといふことを姉上に申上げに参つたのであります。然うしますると天照大御神様は、果してしからば、汝は何によつてその心の綺麗なことを証明するか、証拠を見せて貰ひたいと仰せられた。そこで須佐之男命は、 『各誓ひて御子生まな』 誓ひといふことは、誓約のことであります。もしも私が悪かつたならば斯々、善かつたならば斯々といふ誓ひであります。 『故爾に各天の安河を中に置きて誓ふときに』 天の安河といふのは、非常に清浄な所を意味するのであります。総て河の流れのやうに、少しも滞らない留まらない所は綺麗であります。物を溜るといふことは腐敗を意味します。この綺麗な清らかな、公平無私な所を、天の安河といふのであります。それを真中にして、本当の公平無私なる鏡を茲に立てて、さうして両方から誓約をせられました。どう云ふ誓約であるかといふに、須佐之男命は十拳の剣を持つて居られた。剣といふものは男の魂であります。昔から我国では刀を武士の魂または大和魂と申して居ります。女の魂は鏡であります。乃ちお前の魂である所の剣を渡せと天照大御神が仰せられたから、それをお渡しになると、天照大御神は三つに折つて、 『天の真名井に振り滌ぎてさ嚼みに嚼みて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 第一番にお生れになつた神は多紀理姫命、次に市寸嶋比売命、次に多気津姫命の三女神で現に竹生嶋に祀つてあります。安芸の宮嶋に祀つてありますのは市杵島姫命であります。次に多紀理姫命、多岐津比売命、この三人の女神がお生れになつた。今度は須佐之男命、この神様は非常に怖い、絵で見る鐘馗さんみたいな暴悪無類の神様のやうに見える、おまけに剣まで佩ひて居られる、その剣をお調べになると、三人の綺麗な姫様がお生れになつて居るのである。この三女神は竹生島その他の神社に祀つてあります。三女神の神名を言霊上より解釈すれば『多紀理姫命は尚武勇健の神』『市寸島姫は稜威直進、正義純直の神』『多気津姫命は突進的勢力迅速の神様』でこれが真正の瑞の御魂の霊性であります。この竹生島とは竹生と書きまして昔から武器の神様としてあります。即ち武器といふのは、竹が初まりであつて、先づ竹槍を造つた。そして竹で箭を造り、弓を拵へることを発明したといふやうな工合に、今の武器の初めは竹であつた故に武の字をタケと読むのであります。そこで今建速須佐之男命の持つて居られました剣、つまり須佐之男命様の御霊である所の刀からは三人の姫神がお生れになつた。刀を持つて居るから建速と申すとも言ひます。多紀理比売は手切姫で斬る。多岐都比売は手で突くといふ意味にもなります。伊突姫も突刺す意味である。すると槍とか剣とかは伊突き、手切り、手断突の働きになつて居ります。とに角立派な綺麗な極従順な鏡の如き姫神様でありました。それでこれを瑞の霊とも、三人の霊とも申します。三月三日の節句を女の節句として祝ひますのも然う云ふ所から出て居ります。それから今度は須佐之男命が天照大御神の御用ゐになつて居ります珠、平和の象徴たる所の飾りの八坂の勾瓊を御受けになつて、天の真名井の綺麗な水にお滌ぎになつて、 『さがみにかみて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 玉と云ふものは元来清く美しい光り輝く真善美のものであつて、刀の如くに斬つたり突いたりするものではありませぬ。実に平和に見えるものであります。これは左とか右りとか沢山ありますけれども長くなりますから委しく申上げませぬ。しかして気吹の狭霧になりませるとありますのは、此処はつまり鎮魂であります。初め先づ鎮魂して各自の霊を調べるのであります。吾々の静坐瞑目して致して居ります所の鎮魂と同じ意味であります。如何なる守護神が現はれてゐるか、霊魂の集中を審めて見るのでございます。そこでお生れになりましたのが、正勝吾勝勝速日天の忍穂耳命、不撓不屈勝利光栄の神、次に鎮魂してお生れになつたのが天の菩卑能命、血染焼尽の神。次が天津日子根の命、破壊屠戮の神。次に活津彦根命、打撃攻撃電撃の神。次が熊野久須毘命、両刃長剣の神。都合五柱の男の命がお生れになつたのであります。天照大御神は姿は女である。女の肉体をお有ちであつたのでございますが、その霊は以上述べた如く実に勇壮無比の男神でありました。鎮魂の結果お生れ遊ばしたのは五柱の男の神様の霊性が現はれた、それで姿は女であつて男の御霊を備へて居られますから、天照大御神を変性男子と申し、厳の御魂と申し、須佐之男命は姿は男であつても女の霊をおもちであつたから変性女子と謂ひ瑞の御魂といふのでございます。しかして前の三女の霊に対して、この五柱の命を五男の霊とも申します。これを仏教では八大竜王と唱へまして、京都の祇園では八王子というて御祭りになつて在ります。 茲で初めて須佐之男命は表面怖い暴逆な神様であるけれども実は極く優美しい、善い心の神様であるといふことが解り、これに引きかへ天照大御神は極くお優しい、鏡からぬけ出たやうな玲瓏たるお方でありますけれども、前の言霊解の如き御霊があつたのであります。 ここで一つよく考へなければならぬ事は天照大御神のお言葉に、 『言向け和はせ』と書いてありますが、言葉を以て世界を治めよといふことになります。さうしますと天照大御神は外交の難しい事について御子孫にお示しになつたのでありまして、どこまでもこの珠を以て充分に平和を旨として治めて行かなくてはいかぬといふ御心でありました。しかるに須佐之男命は根の堅洲国へ行くについても、武備を非常に盛んにして軍艦を沢山に拵へ、大砲を沢山造るといふ、所謂武装的平和のお心である。こう考へますと、今の外国の主義が須佐之男命のと同じである。体主霊従である。天照大御神は日本国になつて居るといつてもよいと思ひます。日本人の心の中には武備がある。大和魂がある。けれども表面には武装がないのである。いざといふ場合には稜威の雄健び、踏健びをしなくてはならぬがその間には常に極く平和に落着いて居る。しかるに外国は始終刀を有てゐる。外に向つて十拳の剣を握つてゐるけれども、愈戦ふとなれば、あちらは三人の女の神様であるのに反して、表面弱い如くに見えても五人の男の神様の霊性が出て来るのである。この霊および身魂のことに就てはお筆先にも出て居ります。身魂の善悪を改めると申されてあります。 『是に天照大御神、須佐之男命に告り給はく』 後から生れた所の五柱の神はわしの有つて居る珠から出て来たものであるから自分の子である。所謂自分の魂から出た男神はみな自分の子である。それから先刻生れた姫御児はその種が汝が魂十拳の剣から出たのだからこれは汝の子であるとおつしやつた。これで身魂の立て分けが出来た。須佐之男命は変性女子で、天照大御神は変性男子であるといふことが明かになつた。所が須佐之男命は、姉天照大御神は今迄は私の心を疑うてござつたが、これで私の清明潔白な事は証拠立てられた。私の心の綺麗な事は私の魂から生れた手弱女によつて解りませう。あの弱々しい女子では戦をする事は出来ますまい。こう考へたならば最前あなたは、私が高天原を奪りに来たらうと仰られたがあれは間違ひでせう。私の言ふことが本当でせう。 『これによりて言さば自ら我勝ぬと言ひて、勝さびに天照大御神の営田の畔離ち、溝埋め、またその大嘗聞し召す殿に屎まり散らしき』 この言葉は少いけれども、この意味は、当時須佐之男命様にも尚ほ沢山の臣下が在つた。茲に須佐之男命に反対するものと、味方するものとが出来て来たので迷ひが起つたのであります。須佐之男命がお勝になつて、増長なさつたといふよりも寧ろ、私の綺麗な心は解つた筈である。しかるに尚悪いと仰せになるのは心地が悪い、不快であるといふので終に自暴自棄に陥つたのであります。やけくそを起した結果が、田の畦を壊したり、溝を埋めたり、御食事をなさる所へ糞をやり散らして、いろいろ乱暴のあらむ限りを、須佐之男命に味方する系統の者が行つたのであります。天照大御神はこの状態を御覧になり、弟は決してあの多量の糞をまいたりする筈はない、酒に酔つて何か吐いたのであらう。畔を離ちたり、溝を埋めるのは、丁度今でいふ耕地整理のやうなもので、いらぬ畔や溝を潰して沢山米が出来るようにするためだらうと、所謂直日に見直し詔り直して、一切のことを総て善意に御解釈されて所謂詔り直し給うたのであります。何でも善い方に解して行けば波瀾は少いものでございます。天照大御神も善意に解して居られましたけれども、御神意を悟らぬ神等の乱暴は愈長じてやり方が余りに酷くなる。八百万の神様方がどうしてもお鎮まりがない。世の中が大騒ぎになつた。彼方でも此方でも暴動が起る。無茶苦茶な有様になつた。そのうちに、 『天照大御神、忌服屋に坐まして、神御衣織らしめ給ふときに、その服屋の頂を穿ちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るるときに、天の御衣織女、見驚きて梭に陰上を衝きて死せき』 こう云ふ事件が起つたのでございます。ここで機を織るといふことは、世界の経綸といふことであります。経と緯との仕組をして頂いて居つたのであります。するとこの経綸を妨げた。天の斑馬暴れ馬の皮を逆剥にして、上からどつと放したので、機を織つて居た稚比売の命は大変に驚いた。驚いた途端に梭に秀処を刺し亡くなつておしまひになつたのであります。さあ大変な騒動になつて来た。
(大正九・一〇・一五 講演筆録)
(大正一一・三・六 旧二・八 谷村真友再録)